はじめましてのあいさつと「自由へ道連れ」歌詞考察

 

みなさん、はじめまして。おはこんばにちは

トシヒデです。

まずは私のブログにご訪問いただきありがとうございます。

当ブログでは、

色々なテーマについて「答え合わせ」をする場所

というコンセプト文章を書かせていこうと考えております。

 

皆さんの日常においては

ベーシックインカムに関して自分はこう思うけど、正しいのかな?」

「ウユニ塩湖に行くのにこんなプランで考えてるけど、これでいいのかな?」

「この曲の歌詞ってこういう意味であってるんのかな?」

などなど、自分の考えを答え合わせしたくなる場面が多々あると思います。

実際に私もそのような場面によく直面するので、

じゃあ、そのような場を自分で設けよう!」と思い

このブログを開設しました。

 

 

その「答え合わせ」のテーマは特に決めておらず、

皆さんが疑問に思うようなこと関していろいろ書いていけたらと思います。

ただ最初は「いろいろな歌詞の考察」をテーマにしばらく書いていくつもりです!

(現段階では実際にこれが一番したいことなので・・・笑)

著作権の関係で歌詞を直接載せることはありませんので、

是非歌詞サイトと並列して読んでいただけたらと思います。

 

 

ブログ投稿の頻度は週に1度とさせて頂こうと思っております。

馴れてきたら頻度を増やそうと思いますが・・・

なにせ社会人1年目の身ですから、焦らずぼちぼち書いていこうと持っております。

 

 

それでは記念すべき一回目の記事として、

椎名林檎さんの「自由へ道連れの歌詞解釈について書いていきたいと思います!

 

 

 

自由へ道連れとは?

作詞作曲がかの偉大な椎名林檎さんによってなされております。

あの元SMAPメンバーの中居さんが主演のドラマ、

ATARU」の主題歌として用いられていました。

視聴はこちらから↓

https://www.youtube.com/watch?v=B_hLfhccYf0

知らない方はまずこちらで一度聴いてみてください!

それでは「自由へ道連れ」の歌詞解釈に参りたいと思います!



 

*まず1番のAメロ

ド級のミサイルから始まるところですね。

このミサイルはある人物の様子を表す比喩だと捉えています。

(以下この人物を「ミサイルちゃん」と定義します)

おそらく「自分の追い求めている境地にたどり着きたい」と思いながら

バイタリティに溢れて生きている様子を表しているのだと感じました。

ただ、ミサイルちゃんは何を追い求めているのでしょうか?

それはこのAメロの最後にほのめかされています。

 

そこには「混沌と秩序の間で待っている」というフレーズが出てきますが、

この人物が求めているのはまさしく、無秩序にさいなまれることもなく

あらゆるルールや法則などといった秩序にも縛られない場所

つまりは自由です

はい、タイトル出てきましたね。

 

じゃあ、その自由な場所にはだれが待ってるんや。と思われるかもしれませんが、

これはタイトル通り、自由に連れて行ってくれる存在です。

よくわからないですね、はい。

正直に言うとここは私も見当がついていません。笑

とりあえずミサイルちゃんが好きな人って置き換えときましょう。

 

 

*次に1番のBメロです。

トップバリューのドライブしちゃってますねー。

命を燃やして目的地に向かってる様子が浮かんできます。

このBメロの最後にも「破壊と建設の間で待っていて」という

先ほどのフレーズに似た表現が出てきます。

この「破壊と建設の間」は何もないまっさらな場所

すなわちAメロ同様、自由を表しています

ミサイルちゃんは自由に向かってエンジンぶっ放してます。

 

 

*そして1番のサビ!

無我夢中に生きていきたい気持ちがあふれています。

特にこの「子供にも大人にもなれる」というフレーズが極めつけですね。

恐らく両方の悪いところを排除していいとこどりだけした状態だと考えています。

 

要は自分は何でもできるというポジティブシンキングや、

責任を背負わなくていいという子どもが備えた精神面の自由さ

 

そして自分以外の助けも借りずに、年齢制限などの支配にもとらわれず物事を進めることができるという大人が備えた実行面においての自由さ

これらを手に入れた状態が「子供大人状態」ではないでしょうか。

最強やんけ。。。。

 

 

*お次は2番Aメロ!
自分に自信がなくなる様子が伺えます。

気分と合理の間で迷っている」とあるように

自分の気持ちや行動は果たして正しいのか?と不安になっている状態ですね。

子どもだと良い意味でも悪い意味でも自分のことしか考えませんが、

ここでは自分(や周り)を困らせないか?じっとしておいた方がいいのではないか?
損得を考える大人の悪い面が出ています。

 

*そして2番サビ。

Aメロの内容を受けて、誰かに助言を乞うているのでしょうか。
今の自分が正しいのか間違っているのか、

客観的にジャッジを下してほしいように感じます。

 

似たニュアンスで「誰か俺を叱ってくれ」という言い回しもしばしば耳にしますが、

こういう場合って「確かに悪い気はするけど、どこかで自分は正しい

と思ってるケースが多いですよね・・・?

そんな俺を正しいロジックで納得させて止めてくれ!!!

という感じでミサイルちゃんもそのようなアンビバレンス状態に陥ってると考えられます。

 

結局このミサイルちゃんは、誰にも何も思われないよう、何もしないでいるまま終わってしまうのか…

 


*ここでCメロ
雨がやんで風が吹いて」と始まりますが、これは迷いが晴れて、

追い風を受け前に踏み出そうとしている様子を喩えているとみて取れます。

ミサイルちゃん、決断ができました。ミサイルちゃんは前に向かっていくようです。

最後のサビに答えが・・・!

 

*最後のサビ!

生きている証は執着そのものだろうけど 放たれたい

このフレーズがこの曲の肝ですね!

でここを私はどう解釈したかというと、

生きるってことは安定に生きながらえていくってことやろけど、

なんやろ、、私死にたい気持ちもあるねん!!

・・・

こんな感じに解釈しました。

 

まず「生きている証」の解釈から順に説明するのですが、

文字通り「生きる=安定に生きながらえていく」という考え方が一般的だと思います。

なんやかんや人の大半って、最終的には定職に就いて何も不自由なく生きていくことを望むじゃないですか。

ただ、この望みに至るまでのプロセスって受動的なことが多いと思います。

「これやりたいけど、苦労せずに生きるには就職かな・・・」

「やばい、なんもやりたいことないけどようわからんまま社会人始まってもた・・・」

「両親に言われたから、バンド活動辞めてとりあえずこの会社にしました・・・」

今年社会人1年目なので就職がらみの例だらけになってしまいました。

 

とりあえずここで問いかけたいことは、

何かを別のことを我慢して、あるいはやりたい事がなく

そのままだらだら生きていくことって退屈じゃない?

ということです。

 

そこでミサイルちゃんは

せやな。このまま退屈なまま生きていくんも辛いし

それが生きるってことなら、好きなことして死んだ方がいいわ!!

と考えたのでしょう。

 

好きなことをやること」こそが彼女にとっての「原動力」。

 

歌詞の続きでは「相反する二つを結べ 自由はここさ」とありますが

「生きたい」「死にたい」、この二つの感情を意識することこそが

ミサイルちゃんが求めてた自由である』ということだと考えます。

求めていたものは終着点ではなくそのプロセスってことですね。

 

要約すると「自由」=「好きなことをすること」となります。

これは故スティーブジョブズの「明日死ぬとしたら何をするか」という

大変有名な言葉をご存知でしたらストンと落ちると思います。

 

そして、最後のフレーズですね。ここでは

「自由」=「好きなことをすること」=「世界の中心」

と結論付けられています。

ここに関しては後のセクションにて解釈を書いていきたいと思います。



*全体を通して

はい、それではひと通り解釈が終わりましたのでまとめたいと思います。

もともとミサイルちゃんが求めていた「何にもとらわれない自由の境地」とは「終着点」ではなくその「プロセス」でした。

そのプロセスとは「自由」すなわち「好きなことをすること」です。

自分がやりたいことに熱中している時点で、すでにその境地に達しているのです。

 

ここでタイトルの「自由へ道連れ」に関して考察したいと思います。

このタイトルの「自由」がさすものは何か、もうお分かりかと思います。

それでは「誰が」「誰を」そこへ道連れにするのか?

僕が思う正解は、『「ミサイルちゃん」が「世界」を道連れにする』です。

 

歌詞の前半では、世界の中心を目指すミサイルちゃんの様子が描かれていますが、

歌詞の最後では、「自由はここさ 本当の世界の真ん中」という

フレーズが出てきます。つまり

世界の真ん中ってみんなの中にあるんですよねえ・・

 

・・・

 

よくわからないかもしれませんが、ここでいう世界の真ん中とは

世界の本初子午線が通るグリニッジ天文台等のような、誰かが定義した世界の中心ではないんですよ。

そうではなくて、みんなの意識における世界の中心

 

人がなにか意思決定をするときって周りに振り回されることがあるじゃないですか。

自分以外の、いかにも真っ当に思える意見に従って意志を曲げてしまう

といったような。

そうじゃないんやぞと。

お前がやりたいことあるんやったらやってみたらええやん。

1%でも自分がいいなって思うことあるんやったらまずはやって確かめてくださいと。

お前がやりたいことを決めるんやぞと。

お前の中ではお前が中心なんや(圧)

こんな具合です(ボキャ貧)

 

要は周りのこと考えず、自分中心で考えてやりたいって信じることをやれ

ってことですね。

それで周りの人巻き込んでもいいじゃないか

いい意味で巻き込めたらそれは良いことだし、

わるい意味で巻き込んでしまったらその時はその時で考え直したらいいのです。

世界を道連れにしちゃうような勢いで、自分の好きなことをする

これがこの曲に込められたメッセージではないでしょうか。



*おわりに

今回の「自由へ道連れ」の考察は以上で終了です。

もちろん今回の考察は私個人の解釈ですので、「ここ絶対違うやん」とか「私はこう思ってた」などございましたら、どしどしコメントして頂ければとてもうれしいです

曲が持つメッセージ性には正解がなく、受け取り手によって解釈が異なるものですから。

いろいろな角度で曲を楽しむことができれば本望です。

 

次回は同じく椎名林檎さんで「ちちんぷいぷい」の考察を行いたいと思います!

 

それではごきげんよう